30年、これからも。

後編

次の30年に、つくりたい景色。

「まだ途中です。すべてが途中(笑)」

30周年を迎えた今、PRISTINEはどこまで来たと感じていますか。そう尋ねると、奥森さんは迷わずそう答えました。

30年は、何かが完成するまでの時間ではなく、これから先へつながる一つの節目。

次の世代へ残したい、人の手のぬくもりとものづくりの技術。少しでも減らしていきたい、地球に残るもの。これから深めていきたい草木染め。そして、食へのチャレンジ。

一つひとつの話は違って見えても、奥森さんの中では、すべてが同じ場所から始まっていました。

「始まりは土、そして種。」

30年の先に、奥森さんはどんな景色を思い描いているのでしょうか。

このインタビューでは、あえて”奥森さん”と表現しました。私たちが日々接している、よく笑い、暮らしの小さなことを楽しみ、ものづくりの話になると止まらなくなる奥森さんの言葉を、いつもの距離のままお届けしたいと思ったからです。

前編に続き、社内スタッフが奥森さんに聞きます。


まだ、途中です

――30年前に思い描いていた未来に、今のPRISTINEは近づいていますか。

奥森さん: 30年後のことは、まったく思い描いていませんでした。無我夢中で、毎年毎年、目の前のことを続けてきましたから。

でも、一人でも多くの方にPRISTINEを知っていただきたい、使った方に気持ちよくなっていただきたいという思いは、ずっとありました。

そのための場所として、いつか自分たちのお店を持ちたいと願っていました。最初の路面店ができ、少しずつお店が増え、今は全国の店舗とオンラインショップでお客さまと出会うことができています。

そういう意味では、少しずつ近づいてきたのかなと思います。

――では、30周年を迎えた今も「まだ足りない」と感じていることはありますか。
奥森さん:
まだ途中です。すべてが途中(笑)。

今、私たちは「衣食同源」という言葉をお伝えし始めています。着ることと、いただくこと。そのどちらも、始まりは土であり、種です。

これまで私たちは、その中の「衣」に長く向き合ってきました。これからは「食」にも、もっと力を入れていきたい。着ることと食べることを一緒に体験できる場所をつくりたいと思っています。

人の手でつくることを、手放さない

――次の世代へ、必ず残したいものは何でしょう。

奥森さん: 人の手のぬくもりと、ものをつくる技術です。

私たちのものづくりは、大地の恵みである綿から始まります。そこから糸をつくり、生地をつくり、一枚の製品にしていく。たくさんの人の手を渡りながら、少しずつ形になっていきます。

どれほど技術が進んでも、人が誰かを思いながら手を動かすことは、残していきたいですね。

前編でお話しした、ベビーの製品を送り出すときの「可愛がってもらっておいでね」という言葉もそうです。あのひと言は、効率や数字では表すことができません。でも、あの気持ちがあるから、着る人のもとへ温かなものが届くのだと思います。

――生成AIから、ものづくりまでできる時代になりました。そんな時代に、PRISTINEが大切にしたいことは何でしょう。

奥森さん: ものづくりには、構造や技術の力も欠かせません。でも、PRISTINEのものづくりは、画面の中だけで完結するものではないと思っています。

「始まりは土、そして種。」

一粒の種を畑に蒔き、お天道さんの光を浴びて綿の花が咲き、実を結び、ようやく収穫を迎える。綿は、大地の恵みそのものです。

そこから職人の手を渡り、糸になり、生地になり、一枚の服になる。つくる人の技術や情熱も、素材のぬくもりや肌触りも、自然と人との関わりの中から生まれます。

技術がどれほど進んでも、土から始まり、人の手を通して、誰かの肌へ届くこと。その営みは、これからも手放したくありません。

地球にとっても、人にとっても健やかな幸せが循環するものづくり。それは「配慮」というより、私たちがものづくりに込めている思いなのだと思います。

――PRISTINEのものづくりは、決して簡単な道ではありませんね。

奥森さん: 今の時代では、あえて困難な道を選んでいるのだと思います。

化学的な薬剤や原料を使ったほうが、安定して、効率よくつくれることもたくさんあります。でも私たちは、できる限り薬剤に頼らず、自然のものが本来持っている色や風合いを生かしたい。

それは、ものづくりに関わる社員だけではできません。工場の皆さん、店頭でお客さまにお伝えするスタッフ、オンラインショップから届けるスタッフ。みんなが「これは大切なことだよね」と同じ方向を向いてくれるから、続けることができます。

たやすくないことに、今日も一緒に向き合ってくれている。そのことに、私はとても感謝しています。

遠い国で目にした、捨てられたペットボトル

――反対に、次の世代へ残したくないものはありますか。

奥森さん: 人として正しくないと思うことは、持ち越してはいけませんよね。

特に気になっているのは、化石燃料から生まれた、消えないごみです。

以前モンゴルを訪れたとき、人も人工物もほとんど見えないような場所に、ペットボトルやプラスチックのごみが落ちていました。インドもそう。

「なぜ、こんなところにまであるんだろう」と思いました。でも、つくったのは私たち人間です。捨てた人の姿が見えなくなっても、ごみはその場所に、そして地層に残り続けます。

何百年か先の人がそれを見つけたら、「この時代の人たちは、いったい何をしていたのだろう」と思うかもしれません。

もう、すべてをなかったことにはできません。だからこそ、これ以上残すものを少しでも減らしていく。それは、今を生きている私たちが引き受けなければならないことだと思います。

――気候も、この30年で大きく変わりました。

奥森さん: 以前は「地球の悲鳴」と言っていましたけれど、今はもう「地球の怒り」だと思うんです。

夏は、生きることさえ脅かされるような暑さになりました。豪雨も増えています。この状態で「次の世代へバトンを渡します」と言っても、どんなバトンを渡せるのだろうと思いますよね。

綿花も食べものも、健やかな土と気候がなければ育ちません。だから、服だけを見ていてはだめなんです。その服が生まれるずっと手前まで想像して、今できることを考え続けたいと思います。

色もまた、暮らしのごちそう

――これから深めていきたいものづくりはありますか。

奥森さん: 草木染めです。

母が病室で「お母さんはピンクの花柄が好きなのよ」と言ったことは、今も心に残っています。

素材やつくり方が正しいことは、もちろん大切です。でも、人には色を見ただけでうれしくなったり、明日を楽しみにできたりする瞬間があります。色もまた、暮らしのごちそうなんですよね。

昔、草木は染めるためだけではなく、暮らしの中で人の健やかさを支えるものでもありました。これから時間をかけて、天然の色が持つ力を学び、PRISTINEらしい色の世界を育てていきたいです。

すぐに答えが出ることではありません。10年、20年とかかるかもしれない。でも、次の人がその続きを深めていけるところまで、道をつくっておきたいと思っています。


みんなで、ごはんを食べる場所

――今すぐ始めたいことは何ですか。

奥森さん: 食堂です。これは今すぐにでも(笑)。

レストランというより、みんなで同じ食卓を囲める場所をつくりたいんです。

まずは社員のみんなに、元気でいてほしい。そこへいろいろな人がやってきて、同じテーブルに座り、つくった人や食材のことを知りながら、わいわいとごはんを食べる。そんな場所があったらいいなと思っています。

――奥森さんにとって、食卓の原風景はありますか。

奥森さん: 子どもの頃は、野菜を家の畑で育てていました。

種をまくと芽が出て、にんじんの葉にはアゲハチョウの幼虫がついて、気がつくとずいぶん食べられていたり(笑)。おじさんが山で採ってきたものが食卓に並ぶこともありました。

春には春のもの、夏には夏のものがあって、家族みんなでそれを食べる。叱られて泣いた日だって、きっとあったはずなのに、不思議と覚えているのは、みんなが笑ってごはんを食べている景色なんです。

――だから、みんなで囲む食卓なんですね。

奥森さん: そう。食べることは、生きることの原点ですから。

都会では、一人で食事をする方も多いと思います。忙しい日には、簡単に済ませることだってあります。それを否定したいわけではないんです。

ただ、ときどき誰かと同じテーブルを囲んで、「おいしいね」と言える。これはどこで育ったんだろう、誰がつくったんだろうと、食べものの向こう側を少し思い浮かべられる。

そんな時間が、一つでも多くなったらいいですよね。

未来は、暮らしの中から

――奥森さんは、新しい構想をいつ考えているのですか。

奥森さん: 特別に「考える時間」を設けているわけではないんです。散歩をしたり、バスに乗ったり、食材を買ったり、料理をしたり。やっぱり暮らしの中ですね。

綿花から酵母が採れると聞いて、「それならビールができるかもしれない」と思ったのも、そうでした。

ビールになれば、綿を育てる方たちへ新しい循環をつくれるかもしれない。そんなことを思いついて、「ビールをつくるから」と社内で話したんです。

――私たちは、突然のことで驚きました(笑)。

奥森さん: いつも「ロジカルに考えてください」と言われるんだけど、そうならないのよね(笑)。

課題はいつも頭のどこかにあります。でも、机の前で答えを出そうとしているときではなく、日々の暮らしの中で「あ、これかもしれない」とつながるんです。

山田節子さんから「教わることは、すべて暮らしの中にあります」と言われて40年近く経って、今、ようやく少しわかってきたような気がしています。

次の30年へ

――30年後のお客さまへ、何を届けていきたいですか。

奥森さん: 今と同じように、着たときに「ああ、気持ちがいい」と思っていただけるものを届けていたいです。

そして、その気持ちよさが、着る人だけで終わらないものであってほしい。綿を育てる人、ものをつくる人、土や水、次の世代にも、無理のないものでありたいと思います。

30年後、私はここにはいないと思います。でも、つくる人が使う人を思い、使う人がものの向こうにいる誰かを少し思い浮かべる。PRISTINEが、そんな関係をつなぐブランドであり続けてくれたらうれしいですね。

――最後に、お客さまへお伝えしたいことはありますか。

奥森さん: 本当にありがとうございます。それしかないです。

お客さまからいただいた言葉を、私は会社へ持ち帰り、工場の皆さんにも伝えてきました。皆さんの笑顔やひと言から、私たちは何度も栄養をいただいて、次のものづくりへ進むことができました。

30周年は、私たちだけのお祝いではありません。ここまで一緒に育ててくださった皆さんと、同じ食卓を囲むような気持ちで過ごしたいと思っています。

これから先も、ときどき一緒に「うふふっ」と笑いながら、歩いていけたらうれしいです。


おわりに

奥森さんの話を聞いていると、次の30年の景色にも、たくさんの人の顔が浮かんでいるようでした。

畑で綿を育てる人。糸を紡ぎ、生地をつくり、一枚の服に仕立てる人。その服を手に取り、毎日の暮らしの中で大切に着てくださる人。そして、まだ出会ったことのない、次の世代の人たち。

草木から生まれる新しい色も、いつか誰かと囲みたい食卓も、そのつながりの先にあります。

奥森さんが話してくれた未来は、何かを大きくするための計画ではなく、これまで受け取ってきたものを、次の誰かへ手渡していくことでした。
30年後も、誰かが誰かを思ってつくったものが、誰かの毎日をそっと支えている。PRISTINEが、そんなふうに人と人をつなぐ存在であり続けられたら。

それが、奥森さんのつくりたい景色なのだと思った時間でした。


いよいよ明日は、PRISTINE30歳のお誕生日です。

これまで育ててくださった皆さんと、この日を迎えられることへの感謝を胸に、またここから、一年一年を重ねていきます。

これからも、どうぞ一緒に。